淀川キビレマニアックス

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釣りのポイント公開問題について

と、書くと微妙に違うんですが、前回の記事で「簡単に釣れるからと特定の狭い場に連日通い詰めたり、楽して抜けるピン撃ちばかりやると後年自分の首を絞めることになるかも」って書いたことについてガラにもなく語ろうと思います。

これはチヌやキビレに根魚、河川上流の淡水域で一夏過ごす川鱸など特定の場所で一定の期間過ごす「季節定住種」に関する事で、同一季節内であってもベイトについて大きく回遊する魚にはあまり関係がない(と思われる)話です。


釣りのポイント公開の是非は【人間同士】の問題?

インターネットの発達と共に、盛んに議論されるようになってきた【釣り場の公開は是が非か】という問題。
この手の議論を眺めるに、釣り場という「特定の人間(個人)の所有物ではない」場所を、不特定多数の釣り人に向けて公開するモラルとマナーに関するものが中心だと感じます。

要は公開派も公開否定派も公開の是非はあくまで【人間同士の問題】として語っていると言えます。


公開派の意見としては 
自然(釣り場)は誰のものでもないんだからブログやSNSに公開してもOK。シェアして皆で楽しもうよ!
※意訳 ポイント公開くらいでガタガタ言うんじゃねぇ。ゴミだマナーだと問題提起してるけど、どうせお前ら、単にポイント秘匿して自分だけで美味しい思いしたいって考えてる自己中野郎だろボケカス!

非公開派の意見としては
自分だけの場じゃないって事は、公開されてがっかりする人がもいるんだから配慮しようよ。静かに釣りをしたい人もいるわけですよ。それに人が増えると釣り人同士のトラブルや釣り禁に繋がるゴミのポイ捨て、地域や漁業関係者への迷惑行為の問題が起きる可能性があるでしょ。
※意訳 人増えたら釣りにくいじゃねーかボケ!大体人の情報でポイント探すようなハイエナにロクな奴はいねーよ。てめーは公開することでアクセス数稼ぎたいアフィ野郎か?それとも俺こんな場所知ってるぜって自慢したいお調子者か?公開オナニーしてんじゃねーぞボケカス!

……と言った感じだと思います。


とりあえず立場を明確にしておきましょうか。僕は公開しない派です。
【釣り人同士の話的】には上で書いたように、自分にとっては家から5分の毎日行けるなんてこと無い場でも他の人にしてみれば貴重な休みに2時間走って通うとても思い入れある場所かも知れないと言うことを考えた時、わざわざ公開する必要もないかなと思っちゃいます。
新たに場所を知りたいと考える人のニーズに応えるよりも、現時点で通っている人達に対する配慮を優先させる考えですね。

公開することで得られるメリット(アフィリエイトやアクセス数・フォロワー数の増加)や、公開しなければならない必要性(釣り業界で飯食ってないし)が特にないからでしょうか。


本来、ポイント問題とは【人間と自然(魚)との関わり方の問題】として捉えるべきものでは?

ですがこのポイント問題、本来は【人間と自然】【人間と魚との関わり方の問題】として捉えるべきで、
公開=より多くの人が釣りをする事で、そこに住む生物の生態系に悪影響を及ぼす可能性がある事について議論すべきではないでしょうか?

春はもうすぐそこという季節なので山菜に例えると、タラの芽、タケノコ、ワラビなどの春の山菜採りで守らなければならない暗黙のマナー・ルールは採りつくさないこと。
勿論法的拘束力はないですが、これを守らないと場が壊滅し、回復に数年・数十年と掛かってしまったり、二度と採れなくなってしまうことも。

イノシシや鹿の漁は待ち伏せ型。回遊(?)ルートに待ち伏せ、山に犬を放って、自分の側に追い込んで発砲。
そしてカモなんかは寝床としている池や川に早朝こっそり接近し、油断ぶっこいてる所に発砲するわけですが、毎度毎度同じ場所に入ると、場荒れし、回遊ルートや寝床を替えてしまい、数年単位で獲物が寄らなくなってしまいます。

釣りも同じではないでしょうか。

例1 チヌ…僕の釣り友に冬チヌが三度の飯より大好きな奴が居ます。
彼は真冬にチヌが群れをなして集まるスポット的エリア、所謂「越冬場」を発見し、毎日入って毎日二桁釣りまくって楽しんでいました。それが1年、2年と続き、気をよくした(?)彼は、具体的な場所の写真(ブツ持ち等)に加え、具体的なリグ・ウェイト・カラー・アクションに到るまで公開。するとどうでしょう。今まで人と会うことが皆無だった釣り場が人だらけになり釣果が減少。プレッシャーかなと思いつつ迎えた今年は(釣れないから)人がいない=プレッシャーが掛かっていないはずなのに釣れないという自体に。

例2 川鱸…僕の尊敬する釣り人が通う清流。そこは川の上流完全な淡水域で、夏場アユを追って上がってくる川鱸が人知れず釣れる場所。以前は釣れたら80。70以下は見た事無かったそうで、同じピンを撃つと「これ数日前にここで釣った魚やん」といった再捕も珍しくなかったそうです。それが、リバーシーバスブームとなり、淡水域で釣れることを知った釣り人の一人がインターネットに場所を公開。すると、わずか2年で壊滅状態。今では釣れても60cmが良い所といった有様に。

例1・2は人が増えたことによる場荒れですが、これは場が狭ければ狭いほど自分一人でやっていても潰してしまうことがあります。河口の広大なゴロタ場、砂浜に広がる広大なシャローフラットというような場所は荒れにくいですが、とある小さな入り江、湾奥にある温排水エリアというような越冬場は釣り場自体のキャパがないので、一人でやってても連日通うと即場荒れです。
特定の場所に執着する魚種であればあるほどこの傾向は強いと感じます。


「魚も種の危険を感じた時は、全体として大きな動きがある」

ダイワの高橋慶朗さんの言葉だそうですが、安息の地であるはずの場に入れ替わり立ち替わり入ればどうなるか?
ジップベイツ等のテスターをしている岩崎林太郎さんはこう語っています。

「魚は着き場を替え、捕食場所を替え…終いには回遊のタイミングや産卵期さえもズラしてくる。こうして人的プレッシャーに対応する。そういう種族なのだ」

もっとも、彼はテスターなので「長く楽しみたいのであれば過度なプレッシャーは掛けないようにしよう」とは言わず「新たなリグやメソッドで対応しよう」と結んでますけれど。まぁ、これは立場上仕方のないことですね。

駅から3分、冷暖房完備の超一級優良物件に住めなくなった場合どうなるか? それより劣る2級物件に住処を移します。
その2級物件も住めなくなると今度は3級物件に。 超一級優良物件なら暑くも寒くもなく大家族でもお腹いっぱい食べられて子孫を沢山残せていたのに、3級ともなると、夏は暑いし冬は寒い、大家族では満足に食べられないので子孫も増やせない。ダウンサイジングを迫られる。こういった具合です。 
そして、捕食の頂点が消えた場は、頂点が消えたことでバランスを崩し、おかしくなっていくことでしょう。


ネスト撃ちの問題は、魚の種(集団)としての存続を願うなら不特定多数に場所や釣り方を教えない方が良い典型的な事例

ブラックバスで言えばネスト(産卵床)撃ちなんてものもあります。
これは親魚の卵や稚魚を守るため産卵床に近づく敵を追い払う性質を利用した釣り方なのですが、釣り上げてすぐその場で離せば1度くらいなら産卵床を放棄せず子育てを継続するそうです。でも一人で何回も狙ったり、この「自分一人くらいなら大丈夫」って考える人が2人、3人、4人、5人とひっきりなしに現れるとどうなるでしょう?親魚はプレッシャーに耐えかねて産卵床を放棄してしまい卵・稚魚は全滅です。
バス駆除するもっとも効率的な方法は、バサーにネストの場所を教える事…なんて話も。

自分のためにも魚のためにも、釣りという趣味はあくまで「個」に意地悪して楽しむ程度に留めておくべきで、「集団」に対する破壊活動=ライフサイクルの邪魔をするまで追い込む事は慎むべきだと僕は思っています。

そして、「集団」に対する破壊活動の最たる物が具体的なポイント・メソッドの公開だといえるでしょう。
単にリリースすればいいって話ではないのです。

集団に対する影響を最小限に留めておきたいならその方法は一つです。
同じ場に続けて入らないこと。同じ場の同じピンを毎日撃つのは避けた方が良いです。その場が狭ければ狭いほど。

その上で、自身のエゴを満たしたい(数釣りたい)のなら、一つの場に過度な干渉をしないように手持ちの釣り場を数持ってローテーションさせる事ですね。広大なオープンフィールドなら話はまた別ですが。

バーブレスだとか、グリップ貫通だとか、コンクリに直接置かないだとかは皆気にしますが、それは単に個に対するアプローチでしかありません。真に魚や自然を大切にし、長く釣りを楽しみたいのなら、魚の種・集団に対して大打撃を与えることに繋がる、まだ世に出ていないのポイント公開や具体的なメソッドの公開にこそ注意を払うべきでは。 

人間の方ばっかり見てないでもっと自然や魚に目を向けようよ

魚を命ある生物として捉えず、釣り人同士のコミュニケーションツールやピラミッド型の釣り人同士のヒエラルキーを決めるためのツールとして扱う考えは僕は好きじゃないです。ゲームフィッシングは釣り(魚)を通じて自然と触れあう、自然に溶け込む遊びであって、魚を人間同士の遊びのツール(おもちゃ)にするゲームではないはずです。


魚を見ずに人の方を向いて釣りをしている人が釣果捏造を起こす

釣りは本来、人と魚との間で成り立つ物です。そこに人と人との関係を持ち込むから変な事になるのです。
魚に対してではなく、他人に対して優位に立ちたいと言う心が、ひいては捏造だなんだという馬鹿な行為を生み出すのではないでしょうか。

釣果捏造という行為は対人間用の手段であり、魚を見ずに人の方を向いて釣りをしている自己顕示欲の強い人が犯す反(人間)社会的行為です。 魚の方を向いて釣りとしている人間は捏造なんてしません。魚に対して優位に立ちたいのなら釣技を磨く以外に道はないですからね。


人も魚も同じ地球に住まう生物同士尊重を…とか、大仰なことは言いませんが、我々釣り人に一時の多幸感をもたらしてくれる素晴らしき隣人(人ではないですが)の種(集団)としての活動=生態系を乱すことは最小限に留めおくよう意識して釣りをしたいですね。

釣りは業の深い趣味

魚を大切にと言いつつ、意地悪な炭素綱の針をさして引きずり回すんですから、客観的に見てロクな趣味じゃないのは確かです。

キャッチ&リリース、スポーツフィッシング発祥の地イギリスで釣りはハンティングなどと同様「ブラッドスポーツ」というカテゴリーに属すそうです。血なまぐさいスポーツですね。

本当に魚を大切にしたいのならば釣りは辞めるべきですが、それは無理な相談ですよね。
そこに野鳥が居るだけで幸せな気持ちになれるバードウォッチャーと我々は違うのです。

どれだけ理性や教養を身につけようとも針掛かりして身悶える魚に興奮を覚えるのが釣り人というもの。
釣り人が魚を大切にする理由は、自分に安定して釣られて欲しいからですし。

開高さんは我々の遺伝子に刻まれた、旧石器以前からの狩猟民族としての血がそうさせるのだと言っていました。
これに興奮を覚えない奴は農耕民族の子孫だと。

とはいえ、今は旧石器でもなければ世紀末でもない平成28年です。

いい大人が、犯したいから犯す、奪い尽くし、狩り尽くすぜヒャッハーはさすがにどうかと思いますよね。
釣りは凄いんだぞ!高尚なんだぞ!何か文句あるか!と主張した所で社会的地位の向上なんてありえませんよ。

釣りは、どちらかといえば後ろめたい趣味だと自覚することが、釣りをしない人達や魚(自然)との共生の第一歩では。

この自覚があればマタギやアイヌその他、狩猟民族の先達に倣い、謙虚な心で魚(自然)に接することが出来るはず。
謙虚な心が芽生えれば、ゴミは出ないしトラブルもなくなる。釣り荒れもせず長く皆で楽しめる。
アクセス数だフォロワー数だと人の顔ばかり見てないでもっと自然に目を向けよう。

八百万神であり、万物に仏性が宿るですよ。ご先祖様は良いこと言うね。
これって自然の中で、他の生物と共存していのちを繋いできたからこそ生まれた概念だよね。
いのちに感謝で、いのちに合掌です。
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5 Comments

ジョニー出っ歯  

1

お疲れ様です。

うちの立場を明かしますと、『公開しない派』ですね。

自然からの観点ではモリゾーさんのおっしゃられている通りで何も言う事がありません。

後、釣り人として語るならもう一つ大きな事があります。

ポイントを知って(教えてもらい)釣った獲物の喜びは3割から4割ほどしかないですよと声を大にして言いたいです。

自然と絡めて獲物を見つめていけば自然と獲物の居場所が解るようになってきます。

でもそれは、当然甚大な時間と労力、資金を捻出する事になります。

試行錯誤して妄想を練りに練って、開拓現場について竿を出すときのドキドキ感は今でもあります。

全部が全部理想の場ではないですが、それも釣りの楽しみの一つとして、散歩なども行ってどんどん先の開拓につなげれるようにしています。

上空画像のみを頼りに場を選定して釣り場に立つまでがどれだけの楽しみか…

脳汁出まくりですよ(o-∀-o)ゥフフ

昔はインターネットなんかなかったし、上空画像さえもなかったから、場の選定は専ら全国地図のみでしたからね。

本当の釣りの悦び(100%~100%以上)を味わいたかったら開拓をお勧めしますね。


本当に釣りの楽しみを味わえる動画というのも結構少ないのも事実です。

釣りが心から好きな人だと表情から違うし、言う事も凄いヒントになる事が一杯隠れているんですけどね~

そういった意味では釣種は違えど村上晴彦さんや津留﨑義孝さんの動画は深いものを感じるし、何より見ていてこちらも楽しくなります。


自然から獲物をメインに考える釣り人は最近少なく思うのは自分だけではなかったみたいですね。

ルアーマンがどうのとか餌師がどうのとか先に来た奴がどうのとか…

とある会長さんとの話の中でシャクリの対策について話したことがあります。

その答えは簡潔で、『そいつよりも1枚でも多く隣で釣ってやればいいじゃん!』と一喝でした。

その時の言葉が心の火を灯したかもしれません。

無茶苦茶なと思うのが普通ですか、当時の自分にとってその時、『この人カッコいいな』と感じました。


記事中にある例1はブログ読んでいるときから危惧していました。

オープンエリアでなければ近いうちに潰すなと…

うちも未熟だったころ(?)はそれに近いのは味わいましたが、その理由は自分自身が一番掴んでいたから対策により復活はしました。

断言できるのは、気象条件によって餌が減ったからいなくなったのではありません。

これは今の場でもそうですが水温によって床バチが8割以上腐ってしまうという現象が出ています。

ただ獲物はこいつだけを狙いに来ているわけではないと見ています。

それは今日までの釣果が物語っているからです。

獲物にとって食い物は何でもあります。

ただその道中で連続した打ち込みをし掛けていくとどうなるか…

結果から申しますと気候の状況にもよりますが2年で場は駄目になります。

それは週1一人で打っていてもなる現象です。


お互い自然を満喫しちゃんとした理解できればいいんですけどね。

長文失礼しました…






2016/03/04 (Fri) 20:34 | EDIT | REPLY |   

もりぞー  

1

ジョニー出っ歯さん

熱いコメントをありがとうございます。

一言に趣味は「ゲーム」と言ってもRPG、アクション、パズル、萌えetcと色々あるように、「釣り」も色々。釣り1本なのか数ある趣味の1つかにもよりますし、満足度は人それぞれだと思います。

自分で探すか探さないかは、ゲームで例えるとRPGゲームのプレイスタイルだと思ってます。
独力で攻略するか、攻略本を片手にネットで集めた情報を元に攻略するかの差ですね。

魚を獲るまでの過程(トライ&エラー)も釣りの楽しみなのか
過程をすっ飛ばして、ストレートに魚を獲るのが釣りの楽しみなのか

「釣り」も色々。これのみなのか数ある趣味の1つかにもよりますし、これは優劣ではなく程度や好みの問題で、満足度は人それぞれと思うようにしています。
自分が魚を獲るまでの過程に先達のトライ&エラーからくる知恵を織り交ぜるのは有りですよね。

ただし一つだけ確かなのは、人から聞いた場所や知識をそのまま我が事として語る。
これは、独力派・攻略本派のどちらからも呆れられる行為ではないでしょうか。

武術で例えるなら、極真空手の道場に通って身につけた技術を余所で披露して「これは私の編み出したオリジナルです」って言うようなモノですからね。

スタイルに関しては人それぞれですが、「釣りが好きな釣り人」と、「釣りしている自分が好きな釣り人」という、似て非なる者が同じフィールドに立つ以上、ポイント問題等々、釣りを取り巻く問題は今後も続くでしょうね。

色々言いたいことはありますが、釣りにおける問題ってすべからく人間関係に起因しますよね。
折角のプライベートタイムくらい、人間社会のあれやこれやは綺麗サッパリ頭の中から消して、自然の中に溶け込もうよって事です。

「釣りしている自分が好きな釣り人」よりも、「釣りが好きな釣り人」の割合が多くなることを願ってやみません。

2016/03/07 (Mon) 00:51 | EDIT | REPLY |   

みやたん  

釣り場の公開、絶対しない派です!
でも釣り場を教えてもらえたら嬉しい派です(笑)
RPGは一応頑張りますがつまずいたら攻略本やネットを頼る自分に甘い派です♪

教えてもらった以上はその釣り場や釣り方を見られないよう細心の注意を払う、人が多い時には竿を出さない勇気も必要ってのが礼儀と思ってる派です♪

自分が発見したように拡散って、失礼極まりない(((((゜゜;)

同じ場所に入り続けるとその場所が潰れる…肝に銘じて近隣ポイントを探してみます!!

2016/03/07 (Mon) 16:00 | EDIT | REPLY |   

もりぞー  

1

みやたんさん

経験上、リスク承知で餌喰いに進入してくるシャローなどは比較的マシですが、越冬場や産卵場など憩いの場と直でリンクしているような所は要注意ですね。

2016/03/08 (Tue) 00:47 | EDIT | REPLY |   

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2018/06/08 (Fri) 13:08 | EDIT | REPLY |   

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